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日本に韓国語を植える「日本韓国語教育学会」メンバー達

 

 2007年8月17日、日本で40年以上韓国語教育に専念したある教育者がこの世を去った。 東京の私立大学・二松學舍大学名誉教授を務めた柳尙熙(ユ·サンヒ)先生だ。

 1968年に日本に渡った先生は、上智大学で教えるなど韓国語の教育と伝播に一生を捧げた。 当時75歳で亡くなった先生の妻は,呉英元(オ·ヨンウォン)先生だ。 彼女も二松學舍大学の名誉教授を務めた。

 夫婦の静かな足跡は、日本である学術会を誕生させる土台になった。 柳尙熙先生が死去してから2年後に発足した"日本韓国語教育学会"だ。 柳尙熙先生夫婦が学会の礎石をつくったとすれば、ここに骨組みをした人は岩手県立大学の姜奉植(カン·ボンシク,62)教授だ。 彼らの歩みは、先日韓国で封切られた映画とオーバーラップする。

 “一人の十歩より十人の一歩がもっと大きい。”

 映画"マルモイ"で静かな響きを与えた台詞だ。 映画は日本植民地時代、ハングルを守り抜いた朝鮮語研究会の関係者たちの血と努力を描いている。

 この台詞のごとく、2009年9月に呉英元先生,元モンゴルウルランバートル大学の崔起鎬(チェ·ギホ)総長、姜奉植教授、東北文化学院大学の文慶喆(ムン·ギョンチョル)教授らの歩みも加わり、今の学会が誕生した。

 単なる学会の発足ではなかった。 日本で初めて団体名に"韓国語"という単語が入った学会だった。 日本の大学や教育機関などで働く教授、研究者が参加した。 今は規模が大きくなり(100人余)、外延も広まった(九州~北海道)。

 初代会長を務めた姜奉植教授(現名誉会長)は1998年から岩手県立大学で教えている。 昨年のハングルの日(572周年)の慶祝式で、これまでの功労により花冠文化勲章を受けた。

 今学会会長は、姜教授の後を継いで文慶喆教授が引き受けている。 崔起鎬元総長は名誉顧問、呉英元先生は顧問として力を貸している。

 「日本韓国語教育学会」は毎年全国を回りながら学術大会を開く。 学術誌の出版、韓国語教師研修、日本人対象の韓国語教育と教材開発などに努める。 学会は今年10周年を迎えた。 学会を率いる役員陣の足取りがさらに忙しくならざるを得ない理由だ。

 毎年東京で開かれる今年の第1回学会理事会が2月2日(土曜日)に開かれた。 学会の監査を担当している林文澤(イム·ムンテク)代表(虹韓国語学院院長,(株)シナブロ経営)も遠く札幌から駆けつけた。 彼は学会の意味について次のように述べた。

 「今年は我が学会が創立されてから10周年になる年です。 監査という重責を担う私は4回の目白大学学術大会から参加していますが、私が特別に学会に愛情を持っている理由があります。 大学で教える身分ではなく、一般人として参加しているからです。」

 林代表は初めて学会に入った時、不慣れで適応が難しかったという。 しかし崔起鎬、呉英元、当時会長だった姜奉植教授の配慮で、5回九州大学学術大会で研究発表の機会を得るようになった。

 林代表は「大学時代の専攻が日本語教育であったため、研究発表は私には新しい挑戦だったし、研究者としての第一歩を踏み出す大事な転換点の時となりました」と述べた。 また「第6回学術大会を札幌で成功裡に終えることができるよう配慮と応援をしてくれるなど、私に学問の道を開いた所が日本韓国語教育学会です」と付け加えた。

 日本の地で韓国語を植える「日本韓国語教育学会」の人々。 10周年を機に彼らの努力と情熱がより幅広く照明されることを期待する。 

 

<イ·ジェウ記者>非営利メディアファクトオール前編集長

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